子どもを支配し、自分の所有物のように扱う毒親。詳しい定義は決まっていないといいますが、子どもに毒を与えてしまう存在です。
今回は大人になってから「もしかして私の親、毒親かも」と気づいた3人のエピソードをご紹介。どのエピソードも、大切な子ども時代に暗く悲しい影を落としていました。
いつも親の機嫌を伺いながら生活していた…成績が悪ければご飯ナシ

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「中学受験をし、高校も常に成績はトップ、大学も有名な国公立に進学しました。勉強が好きだったわけではありません。勉強をしていなければ、親に見放されてしまうと思っていたからです」
そう話してくれたのはAさん(26歳)。大学卒業後は外資系企業に就職したものの、人間関係のストレスで2年後に退職。現在はフリーターとして生活しています。
「テストの点数が悪いと夕食も朝食も抜き。機嫌が悪い状態が続くと、家では食事させてもらえませんでした。給食と、兄がコッソリくれたクッキーなどで空腹をごまかしていました。
あのときはとにかく親の機嫌を伺うのに必死でした。空腹は本当にツラいので、どうにか勉強して機嫌を取って、食事抜きを避けようと頑張っていました。
日常会話にも気を遣っていましたね。成績以外の部分でもいい子にしていないと不機嫌スイッチが入るので…。
手をあげられたことはないのですが、無視されるのもしょっちゅうでした。勉強しないとご飯が食べられないし、いい子でいられないと無視される。小学校低学年のときくらいからそんな感じだったかな」
自分の親が毒親かもと、いつ気づいたのでしょうか。
「大学に進学して、友達みんな勉強が好きだと話すんです。私は大嫌いでした。親の機嫌をとるためだけの勉強だったので、勉強して特にやりたいこともなかったし、楽しいと思えたこともなかった。そんな友人たちとの会話のなかで、親の対応が自分とはまったく違うことにだんだん気づき始めました。
それでようやく…うちの親っておかしくない?と、違和感を覚えるようになりましたね。親のためだけに勉強してきたので、当然夢もありません。いい企業には就職できましたが、やりがいも感じられず、人間関係もしんどくなってすぐに辞めてしまいました」
フリーターになると話したときは「二度とこの家の敷居をまたぐな」と言われたそう。それ以降、Aさんは本当に実家に帰省していないといいます。