残業禁止
茶番のような出来事が幕を閉じた。明日香は担当に復帰し、由梨は担当を外され、遠堂にも振られたらしい。
最初の思惑からは大きく計画がズレ、会社を巻き込む大問題になってしまったが、結果よければすべてよしかと明日香は思うことにした。
「ちょっとしたミスで許してくれない心の狭い相手とかこっちからごめんだし。結果的に結婚前に相手の本性知れたからよかったのかなって思う。ああいうときこそ守ってくれる男じゃないと無理だよね。仕事と女どっちが大事なわけって感じ!」
由梨は相変わらず婚活を続けていた。つまり、明日香への仕事の押し付けも続いていた。課長が何も言わずに黙っているのも続いている。
「明日香、これやっといて。ちょっと増えるくらいどうってことないでしょ?私の婚活が失敗したのは明日香のせいでもあるんだからさ、よろしくね」
明日香はもう由梨に何も言わなかった。もうあきらめていた。
部長がやってきたのは、それから数日後だった。部長は明日香だけを別室に呼び出し、神妙な面持ちで話を切り出す。
「あのね、ちょっと聞きたいんだけど…町原さんだけすごい残業が多いの。このままのペースで働くのはね、会社のルールというか、法律というか…うん、まぁちょっとよくないんだよね。でもね、どうして町原さんだけ残業が多いのかなって思って…何か仕事、やりづらかったりするのかな?」
部長は郡山の会社とのイザコザを知ってはいたが、由梨の人任せな振る舞いについては知らないようだった。
「仕事はやりづらくないです、とても好きです。先日もいろいろなことがありましたが、郡山さんには非常によくしていただいて…精一杯この企画を進めていけたらというやる気に満ちあふれています」
「それで残業しちゃってるのかな?」
「いえ、自分の仕事自体はほとんど定時で終わらせています」
「じゃあどうして…」
「小島由梨の仕事を代わりに進めています。なんでも用事があるそうで、ほぼ毎日隣の席の私に仕事を投げてくるんです」
「断ったらいいじゃない」
「課長が『断るな』というので…あと彼女は私が手をつけなくても知らんぷりなんです。その結果、取引先の皆さまに多大なるご迷惑をおかけしてきました。だから、もう二度とそんなことでわが社の信頼を落としたくないのです」
「なるほどね…課長は小島さんの様子に何も言わないんだね」
「はい、一切言いません」
「わかった、ありがとう」
部長は部屋から出て行く瞬間、一度だけ振り返って「今月はもう残業禁止ね」と笑顔で言い放った。