「好きになっていいのはひとり」という「当たり前」が苦しい
ライターT:昔からマイコの話には、いろいろな男性が取っ替え引っ替え出てきていたけど、付き合った彼に対しては一途だったイメージなんだよね。
マイコ:うん、毎回そのひと一途だったと思うよ。それぞれの期間は短かったけどね(笑)。いまになって思うのは、当時(高校生だった20年ほど前)はまだ現代ほど「多様性」みたいな話ってなくて、「恋愛はこういうものだ」という決まった型に従って恋愛してた気がする。特になんの疑問も持たず、ね。
ライターT:まあそうだよね。若いころの恋愛を振り返ると、だいたいみんなに同じようなことが起きて、同じようなところで喜んだり悲しんだりって感じだったよね。そんな環境にいたら、「恋愛ってこうでしょ」ってなると思う。でもさ、そんななかでもちょっと「あれ?」みたいなことはあったりしたの?
マイコ:うん。いまだからいえるけど、まわりの友達の恋バナに共感しきれないところは多々あったよ。「私は恋愛とか異性に対して、どうやらちょっと人と違う価値観があるみたいだな。でもこれっていっていいことなのかな。まわりに合わせることも大事だし…」って、多数意見に同調してたけどね。
ライターT:どんなところが違うと思ってたの?
マイコ:うーん…、まわりの友達が同じタイミングでひとりの人しか好きにならないこととか、それに対して「絶対」って表現を使ってることに違和感を覚えていたかな。私の場合、同時期に複数の人に恋愛感情を抱くこともあったから。
これはいまでも変わらない考え方なんだけど、男女関係なく人ってそれぞれに異なる魅力があるわけじゃん。自分がだれかと付き合っていても、素敵だなと思う相手は世のなかにたくさんいる。
もちろん素敵だからって全員を好きになったり全員と恋愛をしたりするわけじゃないけど、恋愛感情を持つことってそれほど多くないからこそ、「この人いいな」って感覚を私は大事にしたいんだよね。でもそれがたまたま彼氏いるときだと、「浮気」だっていわれちゃうんだけど…。
ライターT:特に現代は浮気や不倫に厳しい目が向けられるから、なかなかいい出しにくいだろうね。でもさ、マイコって、博愛主義というか、そもそも恋愛とかいう以前の、万人に対する愛があると思うんだよね。
マイコ:それはあるかも。基本的に、人として「いいな」と思う人に対しては、家族、恋人、友達、仕事相手とかそういった関係性の違いによる感情に差がないんだ。みんな一定に同じレベルで「好き」。
その土台があって、相手が男性の場合は「性的対象に見えるか見えないか」っていうただそれだけのこと。あ、ひとついっておくと私はいまのところ異性愛者なので、恋愛含む性の対象は男性です。