「あなたとの行為は楽しいけど、それ以外にも一緒にしていて楽しいことはたくさんあるよ」
ベッドに入るのが予定よりもずっと遅くなってしまった、週末の夜。枕元のルームランプの薄灯りに照らされて、彼女ははにかんでそう言った。
僕の身体は生まれたときから女性だけれど、心の性は決めていないし、20代になってすぐに決めないと決めた。その後人生のパートナーとして選んだのは、幼馴染の女性でした。
友達からはじまった僕たちのパートナーシップは、友達の延長線上にあります。生活を共にし家庭を一緒に運営しながら、休日には恋人らしいデートをする一方で、一緒に好きなアーティストやアイドルに夢中になったり、女子高生だったころのように箸が転がっただけで大笑いもします。
日々交わすコミュニケーションのなかには、恋人としてのベッドでのコミュニケーションももちろんあります。
この日も、お風呂に入りながら「しようか」なんて話していました。それなのに、お風呂上がりについついYouTubeでふたりの共通の推しの動画を見始め、それに彼女も加わったことで止まらなくなり大いに盛り上がってしまいました。
結果、夜更かしが得意ではない僕にとってコミュニケーションの時間を持つにはかなり遅い時間になってしまったのです。
こういったことが度々あるため、僕と彼女がベッドでのコミュニケーションを持つ頻度は、ほかのカップルと比べて、けして多くはないと感じます。
「僕たちの行為の頻度は一般的にレスと呼ばれるのではないか」そう考えると、なんだかしないことが悪いことのように思えて後ろめたさがあるのも事実です。
僕たちは自分たちの関係性を、ケンカをすることもあるけれど比較的仲がいいほうだと思っています。お互い相手に対する愛情表現も日常のなかで自然とできています。
「レス」という言葉の持つネガティブなイメージは、自分たちが考えるふたりの関係性のイメージとあまりにもギャップがあります。
なので、この晩もしないことに対し後ろめたくなり、このときの僕は「またやってしまった」と彼女に申し訳ない気持ちでベッドに入っていきました。
「思わせぶりなことを言っておいて、こんな時間になっちゃってごめんね」
僕がドラえもんののび太並みに寝つきがよく、睡眠欲がほかの欲求よりも優位なタイプであることは、彼女もよく知っています。もしかしたら謝らなくてもわかってくれたかもしれませんが、一言謝らずにいられませんでした。
そんなとき、彼女から返ってきた返事が冒頭の言葉でした。
「あなたと行為は楽しいけど、それ以外にも一緒にしていて楽しいことはたくさんあるよ」
彼女が話してくれた「行為の向こう側」

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彼女いわく、行為をしても楽しいし、しなくても楽しく居られる関係性は「行為の向こう側」なのだそうです。
「その境地になっただけ。だから今夜のことは気にしないで」
その思いがけない一言に驚いたと同時に、とても嬉しかったのを覚えています。
僕ももちろん彼女との行為は楽しいし好きだけれど、就寝前に彼女と好きな動画を観たり、ゲームをして笑いあう時間もとても好きなのです。
僕にとってはこれらも僕たちにとっての大切なコミュニケーションのひとつだと思っています。だから、この日もついつい動画を見てしまったのです。
僕たちはベッドでのコミュニケーションの頻度は低いかもしれませんが、その代わりというわけではありませんが、日常のなかでハグやキスを割とするほうだと思います。朝、帰宅後、寝る前に必ずハグをすることが日課なほどです。
行為をしなくてもベッドで抱きしめたり、頭を撫でたりするだけでとても安心して満たされるし、安心してくれた彼女がそのまま寝息を立てはじめる瞬間がとても幸せです。
しかしそれだけで満たされてしまうことも、僕にとっては頻度が低いことの原因のひとつのように感じてしまい、同じくらい申し訳なく思っていました。
それが彼女の一言のおかげで、後ろめたさを感じる必要がないと考えることができ、それまでの後ろめたさもスッと消えていきました。