クレクレママの暴走
その週の土曜日、公園に顔を出すと聡美がいた。
「あれっ、保奈美さんだ。こんにちはー、久しぶりだね」
聡美に何か言われたらガツンと言い返そうと思っても、そんな勇気がすぐ出るはずもない。
私は登園時間を少し遅らせ、聡美と会わないように気をつけていた。だから聡美と会うのはほぼ1週間ぶりだった。
「聡美さん、久しぶりだね」
何事もなかったかのように、私は聡美に手を振る。拓海は沙耶と一緒に砂場に一目散に走っていった。
「なんか見ない間に雰囲気変わったぁ?」
「え、そう?何にも変わってないよ」
ずいっと顔を覗き込んでくる聡美に若干体が引いてしまう。雰囲気が変わったというより、あなたへの意識が変わったのよと言いかけてグッとこらえる。
「ううん。ぜーったい変わった」
じろり、と私の全身を撫でるように見つめる聡美に鳥肌が立つ。この人、こんな風に人を見る人だったっけ。
聡美の面倒な一面に気づいた瞬間から、聡美を見る目が変わったのを私も感じていた。
「あっ、わかったぁ!このニット新しいよね」
聡美は私の着ていた黒のニットを指さす。先週買ったばかりのこのニットを着て聡美に会うのは、たしかにきょうが初めてだった。
「ああ、これ…。最近寒いし、思い切ってカシミヤのセーターを買ったの。とってもあったかいのよ」
「へぇ―いいなぁ。私そういうのもってないし、高くて買えないよ」
「私も奮発しちゃったんだ。長く着ようと思って…」
「えー!?奮発って、保奈美ちゃんからしたら安いでしょ?どこのブランド?」
聡美は私の首元をめくり、タグを見ようと手を伸ばしてくる。
「ちょっと、やめてよ…!」
私はとっさに聡美の手を払った。
「ケチー。ブランド名くらい教えてくれたっていいじゃん。ってかさ、これきっと洗濯したらすぐ毛玉できるよね?」
「そんなことないと思うよ。できたらとればいいんだし…」
「そんなのめんどくさいよぉ!保奈美ちゃんはそういうの絶対苦手じゃん。だからさ、この服洗濯したら私にちょうだいよ!」
「は?」
「ね、いいでしょ?セーターの1枚くらい!」
お下がりだけでは飽き足らず、私のものまでもらおうとするの?
「聡美さん、冗談やめてよ。私この服は先週買ったばかりだし。前から思ってたんだけど、拓海の物も私の物もほしがろうとしないで。自分で買ったらどうかな?高いならリサイクルショップに行けばいいじゃない」
聡美の顔がみるみる赤くなっていく。
「バカにしてるの?私が貧乏で買えないからそんなこと言うわけ?」
「…え?私、あなたのこと貧乏だなんて思ったことは一度も」
「そういう顔してるでしょ!」
聡美は大声を出して、私の肩をドン、と押した。
「金持ちだからって自慢すんなよ!いちいちこの靴はブランドもので、セーターはカシミヤで、とかマウント取るのみっともないからやめて?お前のダッサい成金グッズをこっちはわざわざもらってやろうとしてんだろ!」
聡美の怒鳴り声で公園がしん、と静まり返る。気づけば拓海も沙耶も私たちの元に戻ってきていた。
拓海はギュッと私にしがみつき、顔を隠している。沙耶は聡美の横に立って、じっとこちらを見つめていた。
「マウントをとった気なんて一度もない。あなたのやってる行為は度が越えている。迷惑だし、だれもあなたにもらってほしいなんて思ってない」
私はドクドクと波打つ心臓を抑えながら、まっすぐ聡美を見つめて静かに話した。
聡美は一言「腹立つ」と言い、沙耶の腕を強引に引っ張って家へと帰っていった。
そのとき、沙耶の手に拓海の砂場セットが握りしめられているのを見たが何も言えなかった。
あとで拓海に話を聞いたら、「ちょうだい」と言われたからあげてしまったんだという。
それから聡美は二度と私に近寄らなくなった。幼稚園を転園したわけではないので沙耶と拓海は相変わらず仲良く遊んでいるが、親同士のかかわりはゼロだ。
せっかく「いいな」と思って決めた園を聡美のせいで転園するのは絶対に嫌だったので、なんとか円満にまとまってよかったのかなと思う。
しかし数カ月後、駅前で私の夫に執拗に話しかけ「あなたが気になってるんです」とナンパまがいなことをしている聡美を見て、私は引っ越しを決意してしまった。
聡美は、私の夫もほしがっている。
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