三度目のインターホン
その日の夜も、小島は天井を叩き続けた。
管理会社が「退去してもらいます」と話していたが、いったいいつになるのだろうか。
剛志はすっかり生活の一部になってしまった小島の嫌がらせから逃げるように、Bluetoothイヤホンを耳につける。
そのときちょうど、真紀からビデオ電話がかかってきた。
「もしもし」
『もしもし、パパ―』
画面に映ったのは、一週間も会っていない愛する息子。剛志は急に鼻の奥がツンとして、慌てて目頭を押さえた。
「和也、元気か?」
『うん。パパに会いたい…』
「パパも和也に会いたいよ」
和也がしょんぼりと伏し目がちになったのをみて、剛志の心臓がきゅっと小さくなった。
『いつ会える?』
「もうすぐに会えるよ、大丈夫」
『うん。あした?』
「うーん、もうちょっと」
『わかった』
言い聞かせるようにうなずいた和也を見て、剛志は言葉に詰まる。
もう二度と、和也に無理なんて、我慢なんて、させたくない。
数日後、剛志は勢いよく玄関ドアを叩かれる音と、何度も鳴らされるインターホンの音に慌てて浴室を飛び出した。
時刻は20時。真紀と和也はまだ帰ってきていない。これは、退去命令を下されて怒った小島の仕業だろう。剛志が確信してから30秒も経たないうちに、小島のふざけるなという怒号が響き渡った。
「おい出てこい!出てこい!ふざけんなよ!」
小島の声を聞きながら、剛志はバスタオルで身体を拭き、冷静にパジャマにそでを通す。
「なんで俺が悪いことになってんだ?どうやって周りを騙しやがったんだ?ガキの足音がわりいんだろ!ドタバタドタバタ歩くのがだめなんだろ!しっかり躾けてないお前らのせいじゃないか!ふざけんなよ!」
小島の声は止まない。ドアを叩く音もずっと続く。
剛志はボイスレコーダーがしっかりと録音していることを確認し、ソファーにゆっくり腰掛ける。
花園夫妻から「大丈夫かい?」とSMSが届き、「大丈夫です」と返事をする。
「開けろよドア、いるんだろ?な?嫁とガキだけ逃がしてヒーローぶってんだろ?いるのは知ってんだよ、なあ開けろよ。なあ、正々堂々話し合おうや。お前をぶん殴る準備はできてんだよ、なあ、出て来いよ。男だろ!?」
小島の脅迫音声をしっかりボイスレコーダーに記録し、剛志は110番に電話をかける。
弁護士にも連絡をして、15分後小島は駆けつけた警察官に連れていかれた。
30分以上続いた怒号がやんだ夜。剛志も、花園夫妻も、隣人も、約3週間ぶりに静かな夜を過ごした。