我が家に必要なもの
剛志が、その後小島と出会うことはなかった。真紀も和也も、小島に会うことはなかった。
小島の元には、剛志たちだけではなく、ほかの住人からも騒音のクレームと損害賠償請求が届いたらしい。
結局小島はその後あっという間に退去せざるを得なくなり、問題も示談で落ち着いた。
真紀と和也が家に帰ってきたのは、小島が出ていった次の日だった。
「久しぶりだね」
マンションに帰ってきた和也を出迎えてくれたのは、いつだったか和也の面倒を見てくれた中学生の少年だった。
「こんにちは!」
和也はこんがりと日焼けした少年を見て、にっこりと笑う。サッカー部らしい。連日の部活で、1カ月前に会ったときよりもだいぶ真っ黒に焼けていた。
「災難だったね。おかえり」
少年の母親が近寄ってきて、真紀の肩にそっと手を置く。
「ご迷惑をおかけしました」
真紀が頭を下げると、母親は慌てて真紀の体を起こす。
「あなたはなんにも悪くないから。そんなこと、みーんな知ってるんだから、大丈夫よ」
母親の笑顔を見て、真紀は思わず涙を流しそうになる。
直後声をかけてきた花園洋子の顔を見て、なおさら涙腺が緩んだ。洋子は、「これでやっと寝れるわね」と真紀に笑いかける。
次の日、日曜日の朝。剛志は1カ月ぶりに再会した和也と一緒にライダーごっこを楽しんだ。
真紀がそんな様子を見て、率先して怪人役を引き受ける。
「引っ越ししたら、走り回りながらライダーごっこができるからな」
「引っ越すの?」
剛志の言葉に、和也は目をぱちくりさせる。
「うん、大きい家に引っ越そう。そこならいくら騒いでも大丈夫」
いくら小島がいなくなったとはいえ、いつ戻ってくるかわからない。これまでよりも恨まれ、さらなる危害を加えられるだろう。
そんな場所に住み続けることは、やっぱりどう考えてもできなかった。
せっかくリノベーションし、お気に入りになった我が家を手放すのは惜しい。
だけどまた次の家も、自分たちらしく染めていけばいい。
家族3人が笑える空間なら、そこは間違いなく幸せな我が家なんだから。
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