ファンクラブ
凜花の動画がバズってから1週間。美奈子のSNSアカウントも「凜花ママのアカウント」としてどんどんフォロワーが増えていった。
「ママもインフルエンサーじゃん」
「凜花には及ばないよ、すごいじゃん。フォロワー何人になったの?」
「3万人。やばくない?最初300人だったのに」
凜花は毎日動画を投稿していた。凜花のおかげでダンス教室の入会者も増えているという。
「先輩とかに嫉妬されたら怖いなって思ってたんだけどみんなめっちゃノリノリでさ。先生も、SNSがきっかけでいろんな道が広がってく時代だから、みんなでもっと力入れてこうって言ってくれてて。来月の発表会に向けて俄然気合い入っちゃった」
「よかったね」
「有名人だからサイン作っとけとか言われるんだよ、ヤバすぎと思って。ママは?なんか変化あった?」
「ああそうだね…凜花の子ども時代の写真までさかのぼっていいねしてくれる人とか出てくるようになったよ」
「マジ?変な写真上げてないよね?」
「上げてないよ!七五三の写真とか、誕生日…あと海とかキャンプとか、旅行したときの写真?可愛いの選んでるから大丈夫」
「よかったぁ。変な写真晒されるのとか絶対嫌だから」
「わかってるよ、大丈夫」
もうすっかり有名人気分な凜花に対して、当初抱いていた寂しさはもうすっかり消えていた。
凜花のために、母親としてできることを全力でやろう。そんな気持ちだった。
「あ、ところでママ…最近変なアカウントからコメントくるんだけど…」
神妙な顔で話し始める凜花は、美奈子にひとつのコメントを見せた。
「いつも応援してます!きょうもかわいいですね」という、なんてことないコメント。投稿者の名前は、凜花ちゃんファンクラブ会長。
「あら、ファンクラブなんてできたの?」
「うーん…まぁそうみたいなんだけど、このひと1つの動画に毎回10個くらいコメント残すんだよね。『顔が疲れているように見えるけど、ちゃんと休めてるのかな?』『今回は先輩チャンも一緒ですか!愛されてる後輩なんだね、かわちぃ!』『会長的には凜花ちゃん1人の動画をじっくり楽しみたいところですが…ファンとしての限度、守ります』とか…なんかちょっとキモいの」
熱心なファンなのだろう。ファンクラブ会長を名乗る人物からのコメントには、凜花へのまっすぐな愛が込められていた。
「純粋に応援してくれてるんじゃないの?」
「それだといいんだけど…これ見て」
凜花は、少し見せづらそうな様子で美奈子にスマホを見せてきた。
『なんで僕にコメント返してくれないんだろう?仮にもFC会長ですが、蔑ろにするのはやめてもらいたいな。インフルエンサーとして活動していくならファンの声大事にしてくださいね。ファンの命令に従うほうがいいと思いますよ。そうやって無視したままだと、凜花ちゃん、何されても文句言えないからね。凜花ちゃんの自業自得だねって言われちゃうよ。会長からの忠告でした~まぁどうせこのコメントも無視するんだろうけど』
「なにこれ」
美奈子は、娘に向けられたコメントを見てゾワリと鳥肌が立った。
「教室の先生には、ブロックしてもいいと思うよって言われてて…。このコメント見た友達とかもさ、ただのファンではないよって心配してくれてて。でもブロックしていいのかな、余計怒らせないかな…」
「大丈夫、ブロックしよう。所詮遠くに住んでいる知らない人だし、怒らせたってあっちは何もしてこれないよ」
「だけどダンス教室はバレてるよ?」
「大丈夫、自宅までバレてるわけじゃないじゃん。何かあったら、ママが守ってあげるし、警察とか弁護士さんとか、いまはSNS問題に詳しい人もたくさんいるからさ」
「…そっか。わかった。ありがとうママ、ブロックする」
そうして凜花は、ファンクラブ会長を名乗るアカウントをブロックした。
その日から、執拗なコメントは来なくなった…はずだった。