個人情報
凜花はアカウントを消したくなかった。母親に嘘をつくのは申し訳なかったが、新しいアカウントで動画投稿を再開した。
自分のダンスがたくさんの人に注目される。かわいいと言われる。もっと見てほしい、注目されたい。
これまで抱いたことのない感情が沸いてきてしまったのだ。別に母親に注目されていないわけでもないし、普段「誰も見てくれなくて寂しい」なんて思ったことはないのに、一度沸いた承認欲求を消すのはなかなか難しかった。
あの快感は、クセになる。
「昨日の動画も反応よくてうれしいなあ」
凜花は光一の部屋で、スマホを見ながらつぶやいた。もう家で母親とアカウントを見ることはできないので、光一だけが唯一の話し相手である。
「新しいアカウント、ママにバレないよね?連絡先の連携とかちゃんと解除したけど、大丈夫かな」
少しだけ不安になる。しかしいまのところ、例の「凜花ちゃんファンクラブ会長」らしき人物からのアクションはない。
「まぁ、大丈夫だよね。バレてもママならそんなに怒らなそうだし」
「ねぇ」
それまでじっと黙って凜花の話を聞いていた光一が、突如不安そうな声で凜花に声をかけた。
「…あのさ、いま届いたんだけど、これ、やばくないか」
恐る恐る凜花は、光一に差し出されたスマホの画面を見る。
そこには凜花の本名や通っている学校、家族構成、マンションの住所、父親の会社、母親のパート先、弟の学校、光一の名前がズラリと記されていた。
凜花は、心臓の音が大きくなるのを感じる。ゆっくりアカウント名に目をやると、「凜花ちゃんファンクラブ副会長」と書かれていた。
「これ…何…」
「いま突然送られてきて、あ、またきた」
トーク画面をじっと見ていると、突如同じアカウントから1枚の画像が送られてくる。
凜花の顔を合成して作ったAI画像だった。画像は次々に送られてくる。何枚も何枚も、光一のアカウントに送り付けられる。
「何これ、やだ!」
「通報する、ブロックと…」
怯える凜花を抱きしめながら、光一は淡々とアカウントをブロックする。
「これでもう来ない、誰がこんなこと…やっぱりこの間の奴と同じ…」
ブブッ、と凜花のスマホが震える。びくりと肩を震わせた2人は、ゆっくりと凜花のスマホの画面に目をやった。
振動は止まらず、何度も何度も、スマホが揺れる。
ー凜花ちゃんファンクラブ会員1号から写真が送られてきましたー
ー凜花ちゃんファンクラブ会員2号から写真が送られてきましたー
ー凜花ちゃんファンクラブ会員3号から写真が送られてきましたー
凜花はスマホを勢いよく投げ飛ばす。その音に驚いたのか、部屋に光一の母親が入ってきた。
「どうしたの!?何かあった!?」
「お、おばさん…わ、私の…アカウントに…」
「うん、落ち着いて話してごらん」
「へ、変な写真がたくさん…」
光一の母は凜花をギュッと抱きしめ、ちょうどパートが終わったころであろう、美奈子に電話をかけた。