消えない写真
光一の母、香織から電話を受けた美奈子は、パートの服を着替えるのも忘れ、自転車を飛ばして香織の家にやってきた。
「ママ、ごめんなさい」
泣いた様子の凜花が、スマホを差し出しながら謝罪してくる。
美奈子は凜花がアカウントを消していなかったことを怒るつもりも、責めるつもりもなかった。凜花の気持ちがわかったからだ。夫に言われてアカウントを消したとき、心底消したくなかったから。
「大丈夫、ママ怒ってないよ」
「うん」
「光一くん、そして香織さん、ありがとう。凜花が1人のときとかじゃなくてよかった…」
「そうだね、こんなの1人で見たくないよね」
香織は凜花の肩にそっと手を添え、悲痛な面持ちで言葉を吐き出す。
凜花宛てに送られてきたAI画像は、そのままSNSにアップする人がいれば信じてしまいそうなほどリアルな作りだった。だからなおさら腹が立った。
「あの…この、送ってきた奴のアカウントなんですけど、どうやら凜花の幼少期の写真をアップしているようなんです。これって、おばさんが以前アカウントに載せてたものですよね?」
光一はそう言って、美奈子にスマホの画面を見せてきた。
凜花ちゃんファンクラブ会員14号と書かれたアカウントには、見覚えのある写真が大量に投稿されていた。
それは美奈子がすでに消したアカウントに載せていた、凜花の幼少期の写真だった。海で水着で遊んでいる写真、七五三の撮影中につかれて着物を脱ごうとしている写真、誕生日に可愛いドレスを着ている写真。
消したはずの写真が、ひとつ残らず投稿されている。
「わ、私消したのに…!」
「こいつが保存していたのかもしれません。一度投稿した写真を完全に消すのは難しいですから…」
凜花が顔を覆って泣いている。
「ママ、私どうしたらいいの…」
泣いた凜花を美奈子が家に連れ帰ると、先に学童から帰っていた聡志が不安そうな様子で美奈子に声をかけてくる。
「あのさ、30分くらい前かな、うちに知らないおじさんがきたの。帽子で顔が隠れててよく見えなかったんだけど、何度もインターホン鳴らされてさ。幸いオートロックは開けられなかったんだけど」
「え…?」
美奈子が震える指でモニターの通話記録を確認すると、帽子を深くかぶった男がインターホンを押している様子が10回ほど記録されていた。
「俺、さすがに怖いんだけど。これって泥棒とか?」
不安そうな顔の聡志と、震える凜花をみて、美奈子はより一層事の重大さに気づくのであった。
その夜、美奈子は凜花と聡志を香織の家に泊めてもらうことにした。夫の良助と話し合った結果だった。
帰宅した良助は普段の面倒そうな態度は一切出さず、すぐに警察に通報。凜花はひと通り事情を聞かれ、聡志もインターホンが鳴ったときの様子を訴えた。
週末に実家へ避難することになったが、きょうはまだ水曜日。良助は仕事もあるし、そんな簡単に実家へ帰るのも難しい。事情を察した香織が香織の夫と共に「子どもたちだけでもうちに泊める?」と提案してくれたのだ。
香織の家は美奈子たちの住むマンションから歩いて10分ほどのところにあり、管理人が常駐している。美奈子と良助は頭を下げ、香織に子どもたちを託した。
その夜、凜花は聡志と共に客間で寝ていた。
布団からはみ出て爆睡する聡志を横目に、凜花は寝れずに苦しんでいる。昼間に送られてきた画像と、自宅のインターホンに残された男性の画像が、頭から離れないのだ。
眠れない、光一にメールしようかな、光一の部屋で寝たらダメかな、一緒に寝てくれないかな。そう思って寝返りを打ったとき、客間のふすまが静かに開いた。
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