私のお弁当は、毎日夫が作ってくれる。仕事から帰ったら、夫の温かいご飯が私を出迎えてくれる。そんななか、突然降りかかる「夫がかわいそう」のひと言。料理は、妻の役目なのだろうか。
夫が作るお弁当は世界イチおいしい
お弁当のふたを開けて、まじまじと中身を眺めていた。花型に切り抜かれたニンジンを箸で拾い上げる。口に入れるとバターの香りがいっぱいに広がった。煮物かと思ったらにんじんグラッセ。私の大好物だ。
「おっ!奈津子さんまたおいしそうなお弁当食べてる、いいねぇ」
部長がコンビニのそばを手にもって話しかけてきた。
「また旦那さんの手作り?さすがだね」
「ほんと、料理上手な自慢の夫です」
少し照れながらニッコリ微笑む。「俺も旦那さん見習って料理でも始めるかなあ」と笑う部長。
「奈津子さん今月の成績、またトップだったじゃないですか。そのお弁当のおかげですよね、いいなぁ~愛がモリモリで!」
デスクの正面でサンドイッチを広げていた部下がうらやましそうにお弁当を指さした。私の夫のお弁当は、誰が見てもわかるくらい愛情満点だ。ここが職場じゃなかったら大声で自慢している。うちの夫のお弁当は世界イチおいしいです、最高の夫ですって。
帰りの電車に揺られながらInstagramを開くと、夫である啓太の投稿が一番上に出てきた。啓太のフォロワー数がついに1万人を超えたらしい。最初は趣味の料理をアップしてほそぼそと楽しんでいたのだが、最近は同じ料理男子仲間ができ、写真の撮りかたにもこだわりはじめていた。
家に帰ると、リビングにいい匂いが広がる。奥から啓太の声が聞こえた。
「ごめん、揚げ物してて手が離せなくて。おかえり」
「ただいま!うわぁおいしそう!きょうは天ぷら?」
「そう!さっきインスタの友達が『夕飯は天ぷらにする』っていってたから食べたくなっちゃって」
ぱちぱちという油の音が空腹を刺激してくる。思わずお腹の音が鳴ったが、全力で回る換気扇が上手くかき消してくれた。
「これなに?お弁当袋?」
「そう!きょう作ってみたんだよね、どうかな」
かわいらしいリバティの布で作られたお弁当袋には、丁寧に「NATSUKO」と名前が刺繍までしてあった。
「名前入りだから、なくさないでしょ?」
「フフッ、本当だ」
「奈津子がミシンを買ってくれたおかげで、毎日手作り捗ってるよ。本当にありがとうね」
「なあに、いきなり?私のほうこそ、きょうもお弁当おいしかったよ」
にこにこと笑いあいながら、天ぷらが揚がるのを待つ。家に帰ったらおいしい晩御飯の音。こうして最高に幸せな夫婦生活を、私は送れているのだ。