気づいたら、夜の営みなんて3年もご無沙汰だ。
身体を合わせるだけではない、キスをするのもハグをするのも、手をつないでデートをすることだってほとんどなくなってしまった。
- 主な登場人物
- 妻:この物語の主人公
- 夫:結婚5年目になる夫
最近抱いてくれない…もしかして浮気してる?<妻視点>

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「結婚して、3年くらいしたら子どもを作ろう」
結婚当初に話していた約束は、結婚して5年経ったいまでも果たされてはいない。何度も「そろそろ妊娠について考えないと」と話はしてきたが、それを彼が真っすぐ受け止めてくれた日はまだなかった。
「最近抱いてもらえないって…抱かれようっていう努力はした?」
友人に思い切って相談したら、そんな答えが返ってきた。
「やっぱり大胆なことして誘うとか、刺激を与えないとそういう気持ちになれないじゃない?3年もレスで、ある日突然『私と寝てくださーい』なんて言っても旦那の心が動くとは思えないな」
たしかにそうだ。受け身の姿勢のまま待っていても何も変わらない。友人の言うとおりだ。
その日私は下着とパジャマを新調し、ごちそうとワインを用意した。
「ねぇ、となり座っていい?」
食後ソファーに座ってスマホをいじる夫に声をかける。
「ああ、うん」
隣に座って、夫のそばに寄り添ってみる。
「たまには晩酌でもどう?おいしいワイン、買ってきたの」
ほろ酔いになればテンションも上がるのではないか。アルコールに頼るなんてよくないなと思いつつも、私は夫に問いかけた。
「あー、いや、いいかな」
「そっか…」
「部屋行くわ、おやすみ」
「えっ、ちょっと」
夫は突然立ち上がり、スマホを抱えてリビングを出ていこうとする。
「映画は?見ない?」
「うん、大丈夫」
パタリ。ドアが閉まる音は、私の心が閉じる音に似ていた。
「それはさ、浮気されてるかもね」
友人が気晴らしにと誘ってくれたバーで、私は思わぬ言葉を耳にした。口を開いたのは隣の席に座っていた男性2人組である。
「ごめんね、突然話に入っちゃって。聞こえてきちゃったんだよね」
「いえ、男性の意見も知りたいので…」
ありがたそうな表情を作りながらも、内心は動揺が隠せない。まさか彼が浮気しているかもなんて、いままで一度も考えたことがなかったから。
「浮気って、どういうことですか?」
友人が身を乗り出して問いかける。
「レスの原因って人それぞれだと思うけど、嫁に興奮しなくなったって言うのが結構大きいんだよね。俺も嫁とそうなったことがあるからわかる」
そう話す男性は、「いまもなんだけど」と付け足した。
「興奮はしなくなるけど性欲がなくなるわけじゃなくて…それをどこで発散するかって言ったら別の女じゃない?店に行く男性もいるとは思うけど、そんな頻繁に行ける場所でもないでしょ」
そんなバカな、と思った。
だけどその日の帰り、私は駅から出てすぐに夫と知らない女性が一緒に歩いているのを目撃する。仲良く腕を組んで、私には見せない優しい顔で女性を眺めている夫。
気づけばスマホのカメラを起動して2人の姿を撮影していた。心が、ボロボロと崩れていくのを感じる。
「ただいま」
私が自宅についてから、30分ほど経ってから夫が帰ってきた。同じ駅にいたはずなのに、夫はあれから30分何をしていたのだろう。あの女と、それまでどこに行っていたのだろう。
「おかえり」
何も見ていなかった風を装うも、視界が揺れる。
「どうした?なんで泣いてるの?」
夫に言われてハッとする。気づけば涙がこぼれていた。さっき飲んだアルコールが、涙と一緒に流れていくようだ。体中のよくない毒素が、心のなかの沸々と湧き立つ怒りや悔しさ、悲しみが静かに外へあふれていく。
「…きょう、駅前で腕を組んで歩いていた女性は誰?」
「…なんのこと?」
「とぼけないで!私見たのよ、あなたが女性と一緒に歩いているのを」
スマホの画面を表示して、夫の目の前に突きつける。もうこれで言い逃れはできない。
「それは…」
「心当たりあるでしょう」
「後輩だよ!仕事の後輩」
「仕事の後輩と腕組んで歩く?」
「俺から組んだわけじゃない。事故だよ」
「離せばよかったじゃない!」
思わず大きな声が出てきた。怒りが声に乗って部屋中をめぐる。夫の悲しそうな顔に余計苛立ちを感じた。
「もういい」
悲しくなってリビングを出た。私は一人寝室のベッドに腰掛け、声をこらえて涙を流す。
夫に抱きしめに来てほしいと思った。しかし、いつまでたっても、朝になっても、夫が私の元に来てくれることはなかった。