25歳、社会人3年目。そろそろ結婚相手を探さなくちゃ…そう焦り始めた美波は、カラダだけの関係だった海斗の本命彼女に昇格する。
仕事も恋愛もうまくいき始めた美波だが、そんな幸せは長く続かない。これは、美波が自分らしい恋愛を見つけるまでの物語である。
第1話:カラダだけの関係と彼女の違い
- 登場人物
- 美波:この物語の主人公
- 海斗:美波の彼氏
夢に見たポジション

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シャツのボタンをとめながら、ぼんやりときょうあった出来事を口にする。薄暗い照明のなか、顔も見えない空間で、ただ感じるのは隣にあるぬくもりだけだ。そのあたたかさが荒んだ心を癒してくれる。
「きょう仕事でしくじっちゃって…取引先の人にひどい迷惑かけてさ。上司が怒っちゃって…久しぶりにあんな大きなミスしちゃった…」
「マジか…それはつらかったな」
ふわ、と電子タバコのにおいがするのと同時に彼の言葉が聞こえた。決してうわべだけの気持ちではなく、本気で心配してくれているのが伝わる。煙を吐くのと同時に、彼はさらに言葉をつづけた。
「美波がそんなミスするなんて想像つかないわ。なんか考え事でもしてた?」
「うーん…ちょっとね。次のプロジェクトリーダーを任されたんだけど、そのことについて考えてた。そんなタイミングでのこれだから…」
「それは落ち込んじゃうな」
黙って頷いて、また布団に足だけもぐりこむ。ベッドフレームに背中を預けて、オレンジ色のライトに照らされた彼の横顔を見つめた。
社会人3年目、後輩が徐々に増えてきて、責任のある仕事も任され始めた。年々大きくなるプレッシャー。そんな私の話を、海斗はいつも優しく聞いてくれる。
めんどくさい説教じみたアドバイスなんてしない。ただ黙って受け止めて、励ましてくれる。それが居心地よくて大好きだった。
来慣れたホテルの一室で、ひと通りの情事を終えた後のひそやかな楽しみだった。「そろそろ結婚も考えないとね」なんて、女友達や先輩からのプレッシャーもここにはない。
「海斗は?最近どうなの」
「何が?」
「何がって、仕事もそうだし…彼女。この間喧嘩したって言ってたじゃん」
「あー…あれねぇ、別れた」
「え?」
海斗の言葉にハッと顔を上げる。私の動揺なんて気にも留めず、海斗は煙を吐き出した。
「俺がめんどくさくなっちゃって連絡しないでいたら、振られちゃったよね」
こんなとき、励ますのが正解だろうか。
「そうなんだ…大変だったね」
「まぁ、もうどうでもいいんだ」
海斗と身体だけの付き合いが始まったのは、ちょうど2年ほど前だった。高校の同窓会で久しぶりに再会した私たちは酔った勢いで二次会を抜け出し、気づけばホテルで朝を迎えていた。「また会おうよ」という言葉に適当にうなずいてから、ずっとこの関係が続いている。
カラダだけの関係という存在に、最初は「恋人みたいなことしなくていいから楽」なんて思っていた。しかしそのうち、心のなかに欲望が湧き上がってきた。そんな恋心を秘めたまま月日がたち、目の前に訪れた僅かなチャンスが私の背中を押している。
「海斗、いまフリーなんだ?」
「そうだけど」
「じゃあ、私と付き合っちゃう?私たち、身体の相性は最高だと思うんだよね」
冗談っぽく笑った私に少し驚きながら、海斗は吸殻を捨てて、急に私の方へ腕を回した。
「もう付き合いも長いし、ちょうどいいかもな」
「でしょ?」
「じゃあ、よろしく」
カラダだけの関係から、本命彼女に昇格できた瞬間だった。