海斗に「お前はカラダだけの関係で十分だった」と言われてしまった美波。せっかく本命彼女になれたと思ったのに…そんな悲しみを抱きながら過ごす美波は仕事でも大きなミスを犯してしまう。
大事なプロジェクトのリーダーを下ろされてしまった彼女の前に現れたのは…。
第1話:浮気相手から本命に昇格?カラダだけの関係からスタートした私は幸せになれるのか
第二話:次は大事にしてくれる人と出会いたいの
- 登場人物
- 美波:この物語の主人公
- 海斗:美波の彼氏
- 上島:美波が憧れている上司
- 健太郎:居酒屋で出会った証券会社の会社員
うまくいかない日々

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「じゃあ海斗は、私と付き合いたいわけじゃなかったってこと…?」
「そういうこと」
「私の告白を聞いて、仕方なく付き合ったってこと…?」
「なんだ、わかってんじゃん」
気づけば熱々だったグラタンはヒンヤリと冷たくなっていた。さっき一緒に作ったホワイトソースも、たっぷりかけたチーズも、全部固くなっていた。
「別れてもいいって思ってるの?」
「うん。めんどくさいことばっかり聞くじゃん」
ひどいよ。そんな言葉も言えないまま、グッと涙を飲み込んだ。仕方なく「そっか」とだけ口にしてグラタンを口に運ぶ。おいしくない。何も、味がしなかった。
その日泊まるはずだった海斗はそのまま「めんどくさいから帰る」と口にして、それからもう二度と連絡をくれることはなかった。よかったのはカラダの相性だけで、性格も価値観も考え方も、何もかも合わない人だったのだ。
こんなことならカラダだけの関係のままでいれたほうがよかった。あのとき欲張って「彼女になりたい」なんて思わなければよかった。ずっとそのままのポジションでいるほうが、よかったんだ。そのほうが、こんな思いをしなくて済んだのに。
「聞いてる!?」
突然頭上から大きな声が降ってきてハッと顔を上げる。怒り心頭の表情で私を見下ろす部長の姿があった。
「申し訳ございません…」
「あのねぇ、ボーっと仕事してるからこんなしょうもないミスするんだよ!ちょっと考えればわかったでしょ。あなたも上司ならきちんと部下の管理しなさいよ。あなたがきちんと教育しないから、いつまで経っても下が成長しないの!」
部長が顔を真っ赤に染め上げて、私と、隣にいる上司に怒鳴る。男性の大きな声は嫌いだ。心臓が大きくうなって止まらなくなる。
「申し訳ございませんでした」
隣で上司が深々と頭を下げる。私も頭を慌てて下げた。そうだった、仕事でまたやらかしたんだった。
「美波ちゃんさ、なんかあったの?」
廊下に置いてある自販機で缶コーヒーのボタンを押し、上司は1本差し出しながら私に聞いた。いつもキリっとしていて隙のない憧れの女性。そんな上司でも、きょうはなんだか疲れ果てて見えた。
「すみません…。プライベートで、少し…」
「そっか」
ベンチで隣に腰掛け、上司は静かにコーヒーを飲みだした。冷たい缶が、私のてのひらにぴたりと張り付く。さっき怒鳴られたときからドキドキと音を立てていた心臓が、ゆっくり正常を取り戻していく。
「大変なのはわかるよ。ツラいことがあってさ、気持ちが持っていかれるのもわかる」
上司の語る言葉が、冷たいコーヒーと共に身体に沁みていく。ああ、こうやっていつも寄り添ってくれる人だった。この上司は、私が失敗しても優しく励ましてくれて…。
「でも、仕事は仕事だから。申し訳ないけど、このプロジェクトは別の人に任せることにするね」
「…え?」
ぽん、と肩をたたいて立ち上がる上司の背中をじっと見つめる。
世界が遠くなっていくような感覚だった。時間が止まったようだった。失望されてしまったという事実が、ただじわじわと足元に流れていた。