カラダを重ねた夜の危ない約束
思いがけず佐々岡とカラダを重ねてしまった夜をきっかけに、ゆかりは秘密を抱えてしまう。
佐々岡と、たびたび個人的に会うようになっていった。車の中、カフェ、居酒屋、レストラン、夜景の見える公園、ホテル。場所はその都度変わっていった。会っているときは、愛し合っているカップルだった。
「また、会えますか?」
きっかけは、佐々岡のそんなセリフだった。
はじめて身体を重ねたあの夜。アルコールの抜けきらない頭で、そんな危ない約束をした。
ゆかりは帰り道のタクシーで約束を一度ひどく後悔したが、帰宅後イビキを書いて寝ている夫を見て一瞬で吹き飛んだ。
洗い物はそのまま、飲んだ缶ビールもそのまま。こんな人と生活しているんだもの、不倫して当然よね。悪いのはだらしのない夫。ゆかりはそう言い聞かせる。
これは不倫だ。いけないことだ。
それはお互いにわかっていた。特にゆかりは、不倫がバレてしまったときに失うものの大きさを理解しているつもりだった。それでも、やめられない。
「あした、駅前で」
ハッキリしない曖昧な約束だけで十分だった。そのほうが会いやすかった。いなかったらどうしようと不安になる必要がなくて、むしろ、まぁいなくても仕方ないかと思えるから。
「ゆかりさん、髪の毛切りました?」
「え、わかる?」
「わかるにきまってるじゃないですか。素敵です」
夫は15cm以上髪を切らないと、ちっとも気づいてくれないのに。ゆかりはことあるごとに、佐々岡と夫を比べた。
「きょう、いつもと違いますよね。何かありました?」
「そんな、特になんにもないけど…」
「嘘だ。僕にはわかりますよ、嫌なことありましたよね?」
パートでクレーマーに対応した日、実は落ち込んでいたゆかりに佐々岡はすぐ気づいた。夫は、ちっとも気づいてくれないのに。
そんな佐々岡にゆかりはどんどんのめりこんでいく。いいや、のめりこまないわけがなかった。
「先生、私…こんな関係ではいけないと思うんです。先生と保護者。しかも不倫。やっぱり先生のキャリアを考えたら、バレたときのリスクが大きすぎるんじゃないかなって」
「でも僕は、ゆかりさんと別れたいとは思いません。スリルがあって、すっごく燃えます。ずっとこうやってこっそり会い続けたいです…ダメですか?」
「娘にバレたら」
「バレませんよ。桜さんは学校で、ちっともそんな様子ないです」
だから、このまま僕と会い続けてくれますか。そう言って佐々岡は、車のなかでゆかりにキスをした。
一瞬でも現実を見て、この関係に疑問を呈したのに。ゆかりは佐々岡のそんな態度に触れて「まぁ、やめなくていいか」と思ってしまうのだった。大切な現実から、目をそらして。