妻の反撃

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「来月、残業でしばらく帰るの遅くなるから」
「残業ってどれくらい?」
「うーん…1~2時間くらいかな」
私の会社が繁忙期に突入し、毎日残業が必要になった。
「その間の夜ご飯なんだけど…」
せめてその間は作り置きで勘弁してくれないかと提案しようと思っていた。まぁ、先日の屋台の件で弘への何かが急激に冷めてしまい、断られても強行するつもりだったのだが。
「俺に任せてよ。俺がちゃちゃっと作るからさ」
「…え?できるの?」
予想外の返事に耳を疑った。
「失礼だな!1人暮らし長いんだよ?俺だって料理ぐらい余裕でできるって」
「…そっか、自炊してたんだっけ」
「うん。まぁ、パスタぐらいだけどね」
「ふーん…じゃあお言葉に甘えてお願いしようかな」
弘の予期せぬ返答になんとなくモヤモヤしてしまった。これで弘が私よりうまく料理をこなして、さらに見下してきたらどうしよう。そのとき本当に、もう完全に、彼への愛が冷めてしまう気がする。
1週間後。1時間残業して帰ってきた私は、弘の姿に思わず笑いそうになってしまった。
「え、もう帰ってきたの?」
「うん、お腹空いた。きょうは何?」
「カレーライスにしようと思って」
「ふーん…」
コンロには、さきほど火にかけられたばかりのカレー鍋。
「楽しみ、待ってるね」
私はいつも弘がしているのと同じようにニッコリ笑って、ソファーに腰掛けた。結局カレーライスが出来上がったのは、それからさらに40分後だった。
「お待たせ、できたよ」
「ありがとう…え、これだけ?」
私は食卓に並んだカレーライスを見て、弘が言ったのと同じように話す。
「サラダとかないの?ほらぁ、弘いつも言うでしょ。一汁三菜って。ないの?」
「せっかく作ったのにその言い方はないだろ!文句があるなら…」
「自分で作れっていうんでしょ?私はただ、いっつも弘に言われていることをそのまま言っただけだけど」
弘はそのまま何も言えなかった。
こんなこと本当は言いたくなかった、ありがとう、おいしいと素直に伝えたかった。でもいままで弘に言われ続けていた文句が頭から離れず、そうこうしているうちに感謝より怒りのほうが勝ってしまった。
そして次の日。
「ただいま」
きょうは2時間の残業だった。昨日よりも帰るのが遅いから、もうご飯はできているはず。しかし、予想通り食卓には何も並んでいなかった。
「あれ、ご飯は?」
「ごめん、まだ…」
「きょうは何?」
「ハンバーグと、ポテトサラダと冷ややっこと、みそ汁と…」
「へぇ、おいしそう」
私はそのままダイニングテーブルに座った。
「まだできないの?」
「うん、まだハンバーグ焼いてて…もう少し待って」
「帰ってきたら温かいご飯がすぐ、食卓に並んでいてほしいんだけどなー」
私はわざと大きな声で話す。
「無理だよ、俺そんな料理慣れてないし。自炊だってパスタぐらいしか作ったことない…」
「でも、その無理なことをあなたは私に要求してきてたわけでしょう?」
「そう…だね」
「わかった?大変なんだよ、料理って」
それから弘は私の料理に文句をつけることがなくなった。屋台に通う頻度も減り、早く帰ってきた日は料理を手伝ってくれるようになった。
「土日に作り置きしておくと楽かなと思って、作り置きのレシピ本買ってみたんだけど」
本屋の袋からおずおずとレシピ本を出した時は笑ってしまった。
「ねぇ、電子レンジで温めたご飯は味が劣るから嫌なんじゃなかったの?」
「ごめんなさい…反省してます」
もっと穏やかに話し合いができればそれが一番よかったのかもしれない。でも結果的に夫婦仲が元に戻って、ようやく私たちは新婚らしい暮らしをスタートさせた。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。