3年記念日に恋人と温泉旅行に訪れていた美月。未だに恋人の前でメイクを落とせない自分にうんざりしながらも、幸せな旅行を楽しんでいた。
しかし恋人の不審な言動が、美月の心に影を落とすのだった。
第1話:私がメイクを取らない理由と、綺麗なあの子
- 登場人物
- 美月:この物語の主人公
- 良晴:3年間付き合った美月の彼氏
- 翔(かける):美月の幼馴染で良晴の親友
私がメイクを取らない理由

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「3年記念日、おめでとう~!」
シャンパングラスを乾杯、と傾ける。美月は、目の前でニコニコと笑う良晴を見てうれしくなる。
大学生のころから付き合い始めた大好きな彼と、3年も一緒にいられるなんて。記念日に、こうしてなかよく旅行に来れるなんて。
出会ったころは21歳。あのころの自分たちを思い浮かべて、色彩豊かなオードブルを口に入れる。幸せの味がした。
それからは、これまでのふたりの話をしながらコース料理に舌鼓をうち、客室についている露天風呂も楽しんだ。
「にしても熱海って、いいところだね」
「ね。しかも良晴が見つけてくれた宿、ご飯もおいしかったし、温泉も最高だったし、セレクト天才」
布団に横になり、電気を消す。濃い一日を過ごした。大好きな人とのかけがえのない時間。
「あした行くお店も楽しみだね。朝早いしもう寝よっか」
「そうだな。じゃあおやすみ、美月」
照明を落とし、布団にもぐりこむ。温泉で温まった身体が冷めないように、良晴のそばに寄り添ってみる。
そのまましばらく目をつむっていると、良晴の寝息が聞こえてきた。大体30分ほどこうしていただろうか。
「寝たかな…」
美月はそっと布団を抜け出し、眠気を感じ始めた頭をたたき起こす。そっとバッグからポーチを取り出して、いつものように洗面台に向かった。
「付き合ってからもう3年も経つのに、いまだにすっぴんが見せられないなんて笑っちゃうよね」
鏡の向こうの自分に向かって、情けない顔で笑ってみる。カラコンをそっと外し、二重のりをペりぺりとはがす。
お泊まりのときは、いつもこう。温泉に行っても、どこでも、いつでも。良晴の前で完全なすっぴんになれなかった。
きっかけは付き合ってしばらくしたころ、美月のすっぴんに対して良晴が「化粧してたほうが可愛い」と言ったからだ。
「もっと可愛ければ、こんな苦労しなくて済むんだろうけど」
鏡に映った自分の素顔を、美月は悲しそうな表情で見つめた。実は気に入っていた奥二重も、小さくて可愛らしいと思っていた鼻も、まるくてやわらかい輪郭も、すべてゴミみたいに見えた。良晴の言葉が何度も頭を駆け巡って、そのたびに自分の顔を嫌いになった。
朝も必ず良晴より早く起きて、先に化粧を済ませる。この先良晴と同棲したり、結婚したりしても、きっとこの習慣は変わらない。変えられないと思っていた。