怪しい女性の正体とは…
私の不安が大きくなったのは、それから1週間後のことだった。相変わらず康介とリコさんの飲み会は3日に1回のペースで開催されている。
いつものようにパソコンに向かって仕事をしていた午前中、康介から電話がかかってきた。会社で必要だったUSBを自宅に置いてきてしまったのだという。
「USB、あったよ」
「よかった…申し訳ないんだけど、持ってきてもらえるかな」
「わかった。いまから出るから…道が混んでなければ20分くらいで着くと思う」
「ありがとう、本当に助かるよ」
パソコンを閉じ、USBをバッグにしまって車のキーを手に持つ。普段ならめんどくさいなと感じることも、きょうはめんどくさくなかった。リコさんの顔を見てみたいという好奇心が勝っていたからだ。
「こんにちは、小林の妻ですが…夫の忘れ物を持ってきました」
康介の職場につき、受付に声をかける。「お待ちください」の声と同時に、後ろから若い男性の声がした。
「先輩の奥さん!ご無沙汰してます!」
清潔感のある短い黒髪。スラリと伸びた身長、焼けた肌、少し高いひょうきんな声。
「小野寺くん」
「先輩に用事ですか?」
「うん、忘れ物したんだって」
「俺渡しときましょうか?」
「ううん、大事なものみたいだから私が渡すよ」
小野寺くん、康介の後輩だ。明るい性格で誰とでも仲良くなれる陽気なタイプ。人懐っこい彼のことを、康介はかなり好いていた。
教育係として彼の面倒を見ていたようだったが、教育が終わった後も2人の関係は続いていたし、プライベートで出かけることも多かった。小野寺くんの彼女と一緒に4人でデイキャンプに出掛けたこともある。
「そうだ、小野寺くんに聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「リコさんって、どんな人?」
受付から社内をキョロキョロ覗いてみても、誰がリコなのか私にはちっとも判断できなかった。
「あー…あの、茶髪でストレートヘアで、おでこ出してる女性わかります?いま黒縁の眼鏡かけてる…」
「えっと、角の席の人?」
「そうです、あの人がリコさん」
小野寺くんは小声でコソコソと私にリコの特徴を伝えてくる。
「リコさんがどうかしたんですか?」
「いや、最近夫の話によく出てくるからどんな人なのかなぁと思って」
「なるほど。リコさんは先輩のたしか…2つ上です。最近再婚したんじゃなかったかな」
「再婚?バツイチなの?」
「そうっす。離婚理由が、たしかリコさんの不倫で…あ、W不倫だったらしいっすよ」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「俺はよく知らないんですけど、前の旦那さんが怒って会社に乗り込んできたとか。大変だったみたいですね」
「ええ…そうなんだ」
「仕事はできる人なんですけどね」
へへ、と笑う小野寺くんを見て私の不安が膨らんでいく。
「いまは、おちついてるのかな」
「何がですか?」
「その、男性関係っていうか…」
「…もしかして、先輩とリコさん、何かあったんですか」
「いや、うーん。仲良いみたいだから気になって」
「そうなんすね…これ言ったら余計不安になるだけだと思うんですけど、男性との距離はめっちゃ近いです。自然にそうなっちゃう人なんだと思います、だから勘違いしている男性社員は多いっすね」
「そう、なんだ」
「先輩に対してそんな様子だったことはないんで、大丈夫だとは思いますけど…」
小野寺くんが申し訳なさそうな顔で呟く。なんで君がそんな顔するのよと言いそうになったところで、康介がやってきた。そこで話はストップする。
モヤモヤとした不安を抱えたまま康介の顔を見た私は、なぜか咄嗟に思っていたことがそのまま口に出てしまった。
「ねえ、きょうリコさんと飲みに行かないよね?」
「えっ、なんで?」
「行かないでほしい」
「え?」
びっくりした康介の顔が、私の目に焼き付いた。「行かないよ、わかった」ってすぐに言ってよ、言えないの?