夫の不倫現場へ…
康介から「きょう飲みに行ってくる」という連絡が入ったのは1週間後のことだった。
どうせまたリコとデートだ。少し時間をおいて出かければ疑われないはず、という謎の自信があるのだろうか。
私はいつものように「わかったよ」とメッセージを送り、すぐにある人に連絡を取った。小野寺くんに連絡先を教えてもらった、リコの夫だ。
小野寺くんにはすべて話した。夫がリコと不倫をしているかもしれないと話すと、小野寺くんは包み隠さず打ち明けてくれた。ワールドカップがあったあの日、康介は後半戦の途中で「具合悪くなったから帰る」と突然言い出し、出ていったということを。
しかもリコの夫は別支店の支店長で、小野寺くんもお世話になったことがあるらしい。それに加えて、リコの夫も「妻が不倫しているかも」と疑っているというのだ。
トントン、と進んでいく話に「小野寺くんが何かたくらんでるんじゃないか」と一瞬不安になった。
しかし社内でリコが康介に手を出しているのはかなり有名なうわさ話として広がっているらしく、怪しんでいる人はほかにもたくさんいたというのだ。
もっと早く教えてくれたらよかったのに。そう思っていると、リコの夫が電話に出た。
「もしもし、先日は急にすみませんでした」
「こちらこそ、リコが本当に申し訳ございません。どうかなさいましたか?」
「あの…きょう、うちの夫が誰かと飲みに行くと話していまして、もしかしたらリコさんかもと思ってご連絡しました」
「そうですか…実は、リコからもさっき『飲みに行ってくる』という連絡がきたんです」
ああ、きっと黒だ。2人で飲みに行っている。確信がなくとも、私の勘がそう叫んだ。そして冷静に、エアタグの位置を確認する。
「多分、駅前のバーだと思います。エアタグを仕込んでおいたのですが、その場所に周辺にある飲み屋さんがそこしかなかったので」
「そんなことまでしたんですか」
「はい…」
「わかりました、ありがとうございます」
リコの夫はそう言って、すぐに電話を切った。まさか乗り込む気じゃないよねと思いつつ、私もバッグを肩にかける。
車をバーに向かって走らせている間、心臓の音がやけに大きく聞こえて落ち着かなかった。ドキドキとした鼓動から気をそらすように、わざとCDの音量を上げてみる。
康介とのドライブでよく聞いた、ヒップホップグループの夏ソング。あんなに2人で一緒に歌った曲も、いまは憎たらしくて仕方がない。
バーが入るビルの階段を駆け上がっていくときも、その曲は頭のなかでぐるぐると回っていた。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
バーに入ると、軽快なベルの音が鳴り、店員の優しい声がした。しかしそれらはまったく私の耳に入ってこない。入ってきたのは、カウンター席で肩を寄せ合い、女性とイチャイチャしている夫、康介の姿だった。
「おひとりさまですか」
「いえ、あの、連れがいて」
そのまま私はスマホの動画を起動し、康介にレンズを向ける。録画の赤いボタンをタップして、ゆっくり前に進んでいく。
何かを感じ取ったのだろう、店員がごくりと唾をのむ。
「ねぇ、何してるの。康介」
振り向いた康介の顔が、みるみる青ざめていった。
- NEXT:2022年10月7日(金)更新予定
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。