康介の本性

image by:Shutterstock
結局リコは取り乱すし、康介も怒り出すしで、話し合いはちっとも進展しなかった。リコの夫とはまた後日話し合いの結果について話すことにした。
「私は離婚して、リコさんに慰謝料を請求するつもりでいます」
「わかりました。僕も慰謝料の請求を考えていますが、離婚についてはもう少しリコと話し合ってみます」
「そうですか…」
「離婚しないことになっても、慰謝料は構わず請求してください」
「わかりました」
そしてリコの夫は2週間後、「離婚はしないことになった」と連絡してきた。理由を聞くと、まだリコのことが好きだから再構築に励んでみようと思ったらしい。
私はちっとも再構築なんて考えが浮かんでこなかった。いまだに他人事だ。
リコの夫から電話を受け取った日の夜。私は康介に離婚を告げた。
「なんで!?俺、反省してるよ?もう飲みにも行ってない、リコとも会ってないじゃないか!」
「反省して許されることと、許されないことがあると思うよ。こんなことされて、この先あなたと一緒に過ごしていくことを考えたら耐え切れない」
「真琴は俺と一緒にいるのが嫌だから離婚するってこと?」
「そうだよ」
「じゃあ時間をくれよ!時間が解決することってたくさんあるだろ?たった2週間しかたってないんだよ、俺にチャンスをくれよ」
はぁ、と大きなため息をつく。
「リコさんと一緒になるって、言ってたじゃない」
「そ、それは。その場のノリで」
「ノリで言ったくせに、あんなにムキになったの?おかしいよね」
「…あのときはどうかしてたよ、いまはもうそんなこと思わない」
「じゃあ、リコさんが離婚するって話になってたら?」
「え?」
「離婚するって言ってたら、私とはすんなり離婚したんじゃない?」
「そんなことない…!」
「リコさんがご主人と離婚しないことになったから、あなたは私との離婚を拒否してるだけじゃないの?リコさんと一緒になれないと知ったから、私と離婚したくないだけだよね」
「違う、そんなんじゃない!」
「もう信じられないよ。飲みに行かないでって言う約束を嘘ついてまで破って、ホテルにまでコッソリ宿泊して、挙句の果てに『俺と一緒になるんじゃなかったのか~』なんて叫んで。そんな康介の姿を見た後で、もう一度信じようなんて思えるわけないじゃん」
「でも、離婚なんてそんな簡単に決めていいものじゃないだろ?!」
「自分のせいでしょ。私が簡単に決めたと思ってる?」
康介はただ、冷たく言い放つ私を黙って眺めているだけだった。
「私、不倫を許せるほど心広くないから」
次の日、納得していない康介を放って、私は無料の弁護士説明会に訪れた。慰謝料はどれくらいとれるのか、相手への請求方法はなどと相談していると「そこまで話がまとまっているなら、数回のやり取りで済むと思うので、このまま請け負えますがどうですか?」と言われた。
慰謝料請求だけを弁護士に頼むことにし、私はその場で手続きを申し込んだ。
「なぁ、これどういうことだよ」
「慰謝料の請求書だけど」
「なんで?なんで俺が真琴に慰謝料払うの?」
「不倫したから」
「だって俺、反省したじゃん」
「反省してようがしてなかろうが、私が傷ついたことに変わりはないけど」
「…本当に払わなきゃいけないの?」
「はい」
「俺と、やり直す気はないの?」
「ないよ」
「…そっか」
次の日、康介は離婚届に黙ってサインした。
「康介の扶養を外れる手続きもしなくちゃいけないね。会社に書類とかもらいにいける?」
「俺がそんなことまでしなくちゃいけないの?」
「何その言い方」
「慰謝料も払う、離婚もする、これ以上俺に何をしろって言うの?」
「呆れた。離婚が決まった瞬間、反省の色がこんなに消えちゃうなんてね」
「だってもう何言っても状況は変わらないだろ?もう他人なんだし、真琴にやさしくしてやる理由なんてどこにもないから!」
「あっ、そう。そういう感じだったんだ。わかった、離婚して正解だね」
これが本性か。いままで長く一緒にいて、全然気づかなかった。仲よく暮らせていたのは夫婦だったからで、別に私じゃなくてもよかったのかもしれない。私を好きだったわけじゃなくて、ただ家族だったから優しくしてくれただけだったんだ。
そう気づいた瞬間、やっと涙があふれてきた。康介の顔を見ないようにして、離婚届を持ってそのまま仕事部屋にこもる。
康介の裏切りを知っても、離婚を決意しても流れてこなかった涙。きっと愛されてる自信があったからだ。自分への愛がまったくなかったことに気づいた私は、静かに、声を出さずにはじめて泣いた。
次の日、小野寺くんから電話がきた。
康介が会社で「妻の不倫が原因で離婚することになりました」と話しているというのだ。