勝者の微笑み<小春視点>
私と達樹が同棲して3カ月。いま、私はテーブルをはさんで向かいの席にいる達樹を見て呆然としていた。
「なんて言ったの…?」
「だから、別れよう…って」
信じられなかった。同棲してわずか3カ月で別れを切り出されるなんて。
もう一緒に住むんだから、結婚するも同然だと思っていた。実際に母親にも「そろそろプロポーズされちゃうんじゃないの?」なんて言われていたし、達樹の両親からは「達樹を頼むわね」なんて電話がかかってきた。
だから別れなんてちっとも予想していなかったのだ。
「理由は?ちゃんとした理由がないと納得できない。悪いところがあるなら、素直に言ってほしい」
四六時中一緒にいるようになると、これまで見えてこなかった悪い一面にも気づくようになる。生活の癖、衛生的な価値観の違い、寝起きの機嫌の悪さ、家事への向き合い方、疲れたときのメンタル状態、相手への気の使い方…。
どうしても湧いて出てくる違いは、その都度話し合って解決しようと同棲前に話していた。これから先一緒に過ごすにあたって、出てこないはずがないのだ。
我慢せずに打ち明ける、話し合う、よいゴールを見つけ出す。そうして一緒に暮らしていこうねと、同棲の話が出たときに約束したはずだったのに。
「えっとその」
「教えて。私ちゃんと聞くから。話し合おうって言ったじゃない」
「小春に直してほしいって思うことはないんだ。ただその…別れたいなって」
「ちょっと受け入れられないよ、私。もしかして好きな人でもほかにできたの?」
「そういうんじゃ…」
「じゃあ何」
ブブッ。机の上に置かれた達樹のスマホが小さく震えた。誰かからLINEがきてる。メッセージ内容は、画面に表示されない。
「誰?」
「仕事の人だよ」
「仕事の人?送り主もメッセージ内容も見えないのに、なんでわかるの?」
「わかるよ、なんとなく」
いままで達樹のスマホなんて気にしたことがなかったし、もちろん浮気も疑ったことがなかった。しかし、このとき私ははじめて違和感を覚えた。
「その内容、私に見せてよ」
私はスマホをパッととって、ロックを解除しようとした。たしかパスワードは、2人の記念日。
「パスワード変えたの?」
「ああ、うん…」
「なに、教えて」
達樹は目を泳がせる。パクパクと口を動かして、最善策を考えているようだ。
「教えて、早く」
達樹はちいさな声で、0823と口にした。聞いたことのあるその数字。
そして目の前に映し出されたのは、優華から達樹に届いた一枚の写真。「エコー写真だよ、3カ月だって」というメッセージ。そしてあの数字は、ああそうだ、優華の誕生日だ。
目の前が真っ白になった。ふらふらと立ち上がり、スマホを持って部屋の外に飛び出る。達樹は追いかけてこなかった。寒さと怒りで震える指を必死に動かし、友人たちにLINEを送る。
「親友に、彼氏を取られた」