この前見た人と、違う
次の日、仕事から帰ると吉川さんがまた男性と一緒にいた。しかし、その男性はきのう見た人となんとなく違うようだ。
「田中さん、こんにちは」
話しかけてきたのは吉川さんのほうだった。会釈をして、昨日ぶりですねと言おうとしたが、すぐに遮られた。
「夫の康文です」
「はじめまして。妻がいつもお世話になっています」
夫だと案内されたその人の顔を見て、私は目をパチクリさせる。慌てて「はじめまして」挨拶すると、そのまま2人は行ってしまった。
「あんな顔だったっけ…」
記憶を辿るが、プールで見た男性とは外見も体格も全く違っていた。
じゃああの人は誰だったんだろう、きょうだいだろうか。なんだか頭のなかにモヤモヤとした引っ掛かりを感じながら、私は家に帰った。
そして数日後、夫と共に一杯飲もうと足を運んだ共用スペースのバーラウンジ。
また私は、吉川さんとあのガタイのよい男性を目撃するのだった。そのとき、2人がきょうだいじゃないと確信する。
まるで恋人同士のように肩を寄せ合い、時折親密そうに顔を近づけていたから…。
「それってつまり不倫ってこと?」
たまたま近くに寄ったから、とマンションに押しかけてきた姉のかなでに、一連の話を打ち明ける。
テーブルから身を乗り出して、少しワクワクした様子だった。
「多分ね。共用スペースに男の人連れ込んで不倫って…堂々としてたわ。まあ住人もわざわざ言わないしさ、おたくの奥さま不倫してますよって」
「にしても堂々としすぎじゃない?だけど外で知り合いに見られること考えたら、共用スペースって逢瀬にはぴったりなのかもね」
まさかご近所さんの不倫現場に遭遇してしまうなんて。まるで昼ドラみたいな展開だなと思いながら、帰る姉をエントランスまで見送ろうとしていたときだった。
「またなんかおもしろい話あったら教えてよ」
「えー?そんなポンポン事件があったら困るって」
エレベーターに乗り込み、1階のボタンを押す。ドアが閉まり、そしてすぐ下の階でまたドアが開いた。
乗ってきたのは、吉川さんの不倫相手だった。思わず姉を小突きそうになるが、必死にこらえる。そしてその男性は、少し下の5階のボタンを押した。