「モラハラ夫」と「意地悪姑」からの解放
泣きながら玄関まで走りドアを開けると、約束通り両親と弁護士が立っていた。私は繋げたままの電話を切り、「ありがとう」と礼を言う。なんだか涙が出そうだった。
「あら、さつきさんのご両親?どうしたんですか、急に!」
リビングから何事もなかったかのように姑が出てくる。さっきまでの会話をすべて聞かれていたとも知らず、ポテトサラダを捨てたことを全員知ってるとは思いもしないで、ニコニコと出てきた。
そして父親が、ゆっくりと口を開く。
「朝早くからすみませんね。さつきから電話が来ましてね、どうしたのかなと思って聞いてたらずいぶんひどいことを言われていたようで…」
「はぁ、ひどいこと?」
「ええ、うちの娘の作ったご飯がまずいとか、自分を殺そうとしているとか」
「…は?」
姑の顔が一瞬で青ざめていく。そうこうしているうちに蓮も玄関までやってきた。そして、怒りで顔を真っ赤にした両親を見て固まる。
「蓮くん。私たちはね、君を信じていたんだよ。娘を幸せにしてくれるって」
「あのぉ、何の話でしょうか?」
「うちの娘が出来損ないだって、本気で言ってるのかい?」
「は…?えっと、話の流れが読めないのですが」
「じゃあこれを聞いてもらったほうが早そうだね」
そう言って父親は、私との通話を録音していた音声を聞かせた。
さきほどの暴言の数々が、私の記憶を呼び覚ましていく。父親の顔が怒りでゆがむ。母親が涙をこらえて目をおさえる。
「さっきのポテトサラダ、だっけ。全部聞いてたよ」
「そんなのでっちあげです」
「でっちあげじゃない。真実だ」
「それより、勝手に録音しているほうが悪いんじゃないですか?」
強気に話し続ける蓮に、弁護士が口を開いた。
「奥さん、病院に通っていた診断書もありますよね。前のお嫁さんと比べられることが多かったとも聞きました」
「はい、その通りです」
「診断書と今回の録音。ご主人のモラハラの証拠になりますね」
キッパリと言い切った弁護士を前に、蓮が呆然とする。
「モラハラ…?」
「はい」
「俺が、いつそんなことをしましたか?うちの嫁が何もできないから、教えてあげているだけじゃないですか」
しかし、蓮と姑の言い訳はもう誰にも通用しなかった。
「教えてる?冗談はよしてください。もうこれ以上は話になりません」
父親が冷たく言い放つ。
「蓮。以前私が離婚してって言ったとき、簡単に離婚なんてできるわけないって言ってたよね」
私は心臓の音が早まるのを感じながら、まっすぐ蓮を見つめて言い放つ。
「めんどくさくてもいい。簡単じゃなくてもいい。もう限界なの。私と、離婚してください」
私と私の両親、さらに弁護士に囲まれ、蓮も姑はもう何も言い返せなかった。
蓮は調停のめんどくささを覚えているようだった。だから、話し合いは意外にもスムーズに進んだ。弁護士がいたからかもしれない。言い訳して話を伸ばしても、自分にメリットはないと気づいたのだろう。
「はいはい、離婚すればいいんでしょ」
そう言いながら離婚届に判を押す。
さらに心療内科に通っていた診断書などの証拠によって蓮の行為がモラハラだと認められ、精神的苦痛を受けた私は慰謝料を請求できることになった。
前回の離婚でも半額とはいえ慰謝料を払っていたわけだから、蓮は経済的に一層苦しくなるのだろう。
そんなこと、いまさらどうでもいいのだが。
そして最後まで姑が「慰謝料なんて払いたくない」とぎゃあぎゃあとわめいていたが、認められることなく終わった。
頻繁に私の両親や弁護士が出入りしていたからだろう。近所の人の間でも「嫁いびりがすごかったらしい」とあっという間に噂になった。だから姑も、もうわめくことができなくなった。
「いままでお世話になりました」
荷物をまとめて出ていく日、一応蓮と姑に頭を下げた。2人はリビングでテレビを見たまま一切こちらに視線を向けようとしない。
「行こう、さつき」
父親が私の背中を押す。そっとリビングのドアを閉め、「帰ったら塩でも巻いておこうか」と笑いながら話してくれた。
「そうだね、それがいいかも」
結婚する前に気づけなかったのか、何度も自分を責めた。でも、結婚してから本性を明かすやつもいるんだ。
「もう誰もあんなモンスター親子に出会いませんように…」
そう願わずにはいられなかった。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。