優しい夫。お金のことはモヤモヤするけど…
「芹那!」
病室に勢いよく駆け込んできた広大に、私は力なく手を振った。
階段から勢いよく転がり落ちて骨折、全治1カ月の怪我で入院となってしまった。せっかく家計の話が進むかと思ったのに…と、肩を落とした。
「あはは、ごめんね心配かけて」
「もう、びっくりしたよ…なんとか元気、なのかな?」
「気持ちはね。身体はこんな感じだけど」
動かない足を指さして笑ってみせる。「仕事も行けなくなっちゃった」と、笑うしかなかった。
「家のことも、ごめん。食事とか掃除とか、しばらく全部任せることになるね」
「いいよ、いつも芹那がやってくれてたんだし。俺だってこういうときぐらいは家事しないとね」
「うん…」
「ほしいものある?買ってくるよ。ちょうど会社から家に帰る途中の病院だから、夕方も寄れるし」
「ありがとう」
これを機に家事スキルを上げてくれないかな、と少し思う。
そんな期待したような未来が待っているはずはなかったが、入院している間、広大は頻繁に見舞いに来てくれた。同じ病室のおばあちゃんが広大の名前を覚えるほど。毎日のように来てくれた。
お金のことはモヤモヤするけど、こういうところはいい人なんだよね。
そうして、いよいよ退院日を迎えたときに、私は急に現実に引き戻されることになるのだった。
「そうだ、きのう給料日だったよね。今月分のお給料、いれておいてね」
「え?」
広大の言葉に耳を疑った。傷病手当金も出るし有休も消費した。とはいえ、とはいえ、だ。
「私今月、仕事行ってないんだよ?」
「でもさ、手当とか出るでしょ?」
「そうだけど…給料よりは少ないし」
「じゃあそれと、貯金足して」
「…入院費とかもかかってるんだけど」
「保険で出せないの?」
「出せるけど、自分でも払うぶんはあるじゃん」
「そんなにお金ないの?自分の医療費も出せないほどに?」
「な…っていうかそもそも、この医療費って私が負担するの?夫婦の貯金から出すものじゃないの?給料だって、足りないならそこから出してよ」
「おかしいでしょ!だって入院は芹那の問題で、芹那のせいじゃん。俺は関係ないし」
ブチン、と切れた。いままさに、限界だった。