夢のタワーマンションを、無理して購入した真由美と祐樹。高収入夫婦の2人にとって、それはこれから始まるキラキラな暮らしのスタートだと思っていた。
しかし、貯金のない2人にライフスタイルの変化が重くのしかかる。「いま」をもっとも大切に暮らしている、パワーカップルの末路とは…?
夢のタワーマンション

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「ご契約ありがとうございます」
タワーマンションの契約書を前に、私と夫は少し震えていた。買ってしまった。ついに買ってしまったのだと、いまさら現実を実感していた。
購入したタワーマンションは、丸の内線に乗り継いで、お互いの会社まで徒歩込みで30分ほどの場所にある。中古といえどそこそこの高層階だし、都内にしては近くに比較的大きな公園もある。
「ヤバいよ、本当に買っちゃった。私たちタワマン住人になっちゃった」
少し興奮しながら夫、祐樹の顔を見つめる。祐樹もどこか緊張した様子で、しかし堂々としていた。
「ドキドキしてないの?」
「してるよ。貯金も空っぽになっちゃったし…でもこれで俺たち、もっと周りに羨ましがられちゃうな!これからは真由美も俺も、タワマンに負けないくらいもっと稼がないと」
「うん、そうだね!」
祐樹の言葉をきいて私も力強くうなずいた。
祐樹の職業はITコンサルタント。34歳にして年収800万円。私の職業は大企業の営業マネージャー。33歳にして年収700万円。
結婚してからきょうまで、祐樹との暮らしで経済的な不安を感じたことなど一度もなかった。むしろ気が済むまで贅沢ができて、困ってしまうくらいだ。
毎月旅行に出かけられるし、ほしいものだって買える。きょうだってこうして、夢のタワーマンションを契約できた。お金に余裕のある、安定した暮らしがこんなに幸せだなんて。
「ローンは月40万円か、まぁ将来への投資だと考えたらいいだろう」
「そうだね、老後売ればいいって選択肢もあるし」
タワーマンションから夜景を眺め、思わずうっとりとする。
本当は海が一望できる部屋がよかったのだが、シティービューの夜景も悪くない。遠くに乱立し輝くビルを眺め、日ごろそのなかで働いている自分の姿を想像しては胸が高鳴る。私も都内の星のようなきらめきを作っている一人なのだ、と。
「あしたは家具買いに行くよね?」
「うん、ついでに銀座に寄ってもいい?担当さんから可愛い靴が入荷しましたって昨日連絡来たんだぁ」
「真由美、また靴買うの?」
「いいでしょ。祐樹だってこの前時計買ってたの、私知ってるんだからね」
私たちは恵まれている。何ひとつ不自由のない暮らし。この先には希望しかないと思っていた。