夢の終わり

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突然だった。物事の終わりは、本当にあっという間だ。
いつものように家事代行の人が料理をしてくれているのを、2人の子どもたちと、最近飼い始めたトイプードルと一緒に眺めていたときだった。
祐樹のスマホに突然義実家から電話がきて、お義母さんが倒れたという知らせを受け取った。
「介護する人がいない…って、妹さんは?」
「妹だって結婚して子どもがいるんだ。俺は長男だろう?やっぱり長男の嫁が介護すべきだと思うんだよ」
「そうだけど…私たちだって子どもがいるのよ」
「妹は北海道だから、そもそもこっちに引っ越してこなきゃいけないだろ」
自宅で倒れた義母は、何とか一命をとりとめたものの半身不随になってしまい、介護が必要になった。
義母の自宅はかろうじて都内ではあるが、うちのタワマンからだと電車を乗り継いで1時間以上かかる。
また、家自体もなぜ庭を作ったのかと尋ねたくなるほど狭小で古い一軒家で、それゆえ階段も急で段差も多い。要介護者が一人でこのまま生活するには無理があることは、容易に想像できた。
「夜はヘルパーさんが来てくれるっていうんだ。さすがに真由美が夜介護しに行くわけにはいかないだろ」
「昼は仕事があるのよ?」
祐樹が「仕事」という言葉を聞いてピタリと黙った。まさか、
「仕事をやめろっていうの?」
返事がない。でも、それが答えだった。
「仕事辞めたら、ローン払えなくなっちゃうよ」
「そんなまさか。俺の収入でなんとかなるだろ」
「ならないよ。いまの状態でもうギリギリなんだもん」
私の収入がゼロになったら、この家ではもう生活できない。
「だから私、仕事はやめられないよ。この家に住みたい」
「じゃあ真由美は、母さんを見殺しにするっていうのか?」
「そんなこと言ってないじゃない!」
「じゃあ頼むよ、この通りだ」
祐樹が突然、タワーマンションの一室で、私に向かって土下座する。
あの古い家に義母がこのまま住むなら、バリアフリーに改修する必要があるだろう。しかし都下でほそぼそと自営業を続け、数年前に義父が亡くなった際にささやかな葬儀を行った義実家には、そう蓄えがあるとは思えない。
では、この家に義母を呼ぶ?3LDKにこれから大きくなる子どもが2人、大人が3人はあまりに手狭だ。それに祐樹一人の収入では、年1000万には届かず、高い住宅ローンを支払い続けていくことは不可能だろう。
要介護の義母、幼い双子、ペット…見えていなかった、考えてもいなかった未来が重くのしかかる。
キラキラと輝く夜景が私にはすごくまぶしかった。このキレイな景色を見ながら子育てしていけると思ってたのに。
何もかも手放さなくてはいけないんだと仕方なく理解し、私はそっと涙を拭いた。
タワーマンションに住んでたった4年。夢みたいな暮らしはあっという間に終わってしまった。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。