誰もが羨む優しい夫と結婚した舞花は、自分の幸せをとことん噛みしめていた。
いつか迎えるであろう我が子を想い、先走ってチャイルドシートまで買ってしまう夫の秀一。新車に乗って向かったのは初デートの思い出の場所。この幸せがずっと続きますように。
しかし舞花の見ていた幸せな現実は、真実ではなかった…。
第1話:幸せの絶頂、気づかなかった違和感
- 登場人物
- 舞花:この物語の主人公
- 秀一:舞花の夫
なかよし夫婦の夢

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「いいなぁ、舞花のところはラブラブで」
夜のカフェの一角で、私は高校時代の友人たち4人とつかの間のおしゃべりを楽しんでいた。
全員結婚し、家庭を持って、あっという間に30歳。つい数年前までは、自分たちが家庭の悩みを相談し合うようになるなんて想像もしていなかった。
「由紀の旦那さん、まだキャバクラ通いやめてないの?」
「もうずっとだよ。仕事の付き合いっていうけど違うと思う」
「香織のとこは?」
「もう3年レスだからね。最近不倫してる疑惑あるけど、あまりなんにも思ってない自分がいる」
「うちも子どもが生まれてからなんにもなしだよ。最近色気なくなったよな、って笑われるし」
「それに比べて舞花は」
友人3人がそろって私に振り返る。
「まだ旦那さんと2人、ラブラブでしょ?羨ましい」
「そんなことないよ、もう結婚して2年経つしいい加減落ち着いてきたよ」
とはいえ不倫の影もないしキャバクラ通いもしない、レスでもないし、特に悩んでいることはない。
「子どもの話とかするの?」
「まぁ、一応ね。私がいま繁忙期だから、10月くらいからぼちぼち妊活始めよっかって話してる」
ちょうど夫に昨晩言われたことを思い出す。お互いの落ち着いたタイミングで、ゆっくりはじめてみようか、と。それまで残り2カ月間、夫婦時間をとことん楽しもうと提案してくれたのだ。
「いいなぁ、旦那さんすごい考えてくれる人じゃん。育休は?」
「取るって言ってたよ。夫の会社が結構協力的でね、みんな取ってる。むしろ取らないと責められるくらい」
「羨ましい。うちなんて育休なかったよ。取る気もなかったらしいけど」
「ひどいよね。舞花、旦那さん大事にしなよ?」
「わかってるよ」
はは、と笑う。優しくて思いやりがあって、気遣い上手で何も言うことのない、私にはもったいなすぎる夫。「どうしてこんなに素敵な人が、私を好きになってくれたんだろう?」とたまに不思議になるくらい。
家事も分担してやってくれるし、休みの日は積極的にお出かけに誘ってくれる。私の家族とも仲がよくて、悪いところがほとんどない。
みんなの愚痴を聞いていると、我が家もこの先変わるんだろうかと少し不安だった。みんなみたいにショックを受け、裏切られたと嘆き、悲しむ未来がくるのかな。
でも、夫に絶望する未来がやってくるなんてちっとも想像できなかった。少なくとも、このときまでは。
夫の決断

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「それでね、きょうみんなが…どうしたの?」
カフェから帰宅後、夫の秀一に話しかけているがなんだが反応が薄い。「ああ」「うん」「へえ」と、どこか上の空だ。
「疲れてる?ごめんね、私ばっかり話しちゃって」
「あ、ごめん!ちがうよ」
慌てて笑う秀一だが、やはりぼんやりしている。
「悩みでもあるの?」
「そういうわけじゃなくて…」
もじもじとしだす秀一を不思議に思いながら、そっとソファ―の隣に腰かける。
「あのさ、妊活を始める前にお願いしたいことがあって」
「うん」
「車、買わない?」
「…え?」
突然の発言に時間が止まる。
「いまってさ、俺の母さんのおさがりに乗ってるでしょ?もう結構古いし、子どもができたら広い車のほうが乗りやすいと思うんだよね」
「まぁ、そうだね」
「だから、この車どうかなって…きょうパンフレットもらってきたんだけど」
夫が恐る恐る出してきたのは、街中でも見かけることが多いコンパクトSUVのパンフレット。
「かっこいい車!秀一が前からほしいっていってたやつだね」
「うん、それでね…新車で購入しようと思ってて」
「…し、新車?」
パンフレットに目を移すと、秀一がボールペンで書き込んだのであろう「280万」の文字が見えた。
「まさか、これが値段?」
「うん」
「えーっと…中古車じゃダメなの?」
「新車がいいんだ、男の夢っていうかさ」
突然の高額な買い物の提案に驚きが隠せない。これから子どもも考えようというときに、突然280万円の買い物は覚悟が必要だ。そもそも、いま貯金ってどれくらいあったっけ。
「俺が、買うから」
「…どういうこと?」
「俺実は、いつか買いたいと思って独身時代から車貯金をしてたんだ。ちょうど、300万ある」
秀一が突然ソファーから降り、私の前に正座をした。
「俺が全額、一括で払います!だから、お願いします!」