そこに愛があるなら、なんでも吹き飛ばせると思っていた
大学3年生の夏。1つ年上の彼は就職活動が忙しくなっていた。
「もうゆうきも就職かあ、私来年頑張れるかな…」
「りんなら大丈夫だって、俺はスタートが遅かったからさ」
ゆうきは最初、地元の会社で働くのを希望していたらしい。しかし私は都内に就職するつもりだったので、それに合わせて急きょ5月に希望を変えたのだ。志望していた会社も何社かあったはずなのに、もう一度エントリーし直しだという。
「3月から説明会に行き始めて、もう4カ月も経つんだね。ゆうきのスーツもだいぶ見慣れちゃった。社会人になったらこんな感じかぁ」
「妄想してんの?」
「うん、ちょっとだけ」
このころは週に1度会えるか会えないかで、あまりふたりの時間は合わなかった。前のように深夜まで彼と過ごせる日はほとんどなくなった。
「今週は忙しいから会えないかも。土日も会えそうにないかな」
「うん、面接の練習?」
「そう。先輩が時間作ってくれたんだよね」
手馴れた様子でネクタイを結ぶ彼を見て、少し寂しくなる。早く就活が無事に終わりますように、また一緒に過ごせる日が来ますように。そんななかサークルの飲み会で、私は慣れないお酒にかなり酔っ払ってしまった。
「りん、大丈夫?家まで帰れそう?」
「んんー…」
同級生の男子が私をおんぶしてくれた。最近彼ともハグしてないから、なんだか人の温もりが久しぶりに感じる。酔っ払っていてよく覚えてなかったけれど、そのまま同級生は私の家まで歩き出した。うとうとしていると古書の香りがかすかにした。ゆうきだ。
「ごめんね、俺、電話してくれたら迎えに行ったのに」
「なんかりん、携帯の充電切れたみたいで…」
背中から顔を上げると、ゆうきが私のほうを見ていた。なぜかふっと顔をそらしてしまう。気づいたらゆうきの部屋のベッドに寝かされていた。
「あれ…ごめん…」
お水を持ってきてくれたゆうきに謝る。
「呼んでくれたら迎えに行ったのに、なんでほかの男におんぶされてんの?」
あれ?ちょっとヤキモチ焼いてる。
「なかよしの男子だし、いいかなって」
「無事に帰ってこれたからよかったけどさ、相手は男だよ?何されるかわかんないじゃん」
「そうだけど」
「携帯の充電切れたならタクシーで帰って来ればよかったんじゃない?危ないから気をつけてよ…それに飲みすぎ!20になったばっかりなのに羽目外しすぎだよ」
「だって」
まだお酒が残っているのかな、思わず本音が口から飛び出た。
「寂しいから。少しでも構ってほしかったの。酔っ払ったら…構ってくれるかなって」
ああまた、まただ。彼がこんなに頑張っているのにどうしてこんなこというんだろう。なんでこんな可愛くないこといっちゃったのかな。
「ごめん」
彼に謝ってほしいわけじゃないのに…。
「まだりんは、3年生だからわからなくて当然かもしれないけど、俺の気持ちもわかってほしいよ」
ゆうきは私に背中を向けて、ポツリポツリと話し始めた。
「俺は、りんと一緒に居たいから頑張っているのに」
それは事実、本当にそうだった。自分がそのあと就活を経験して気づいたことだけど、ゆうきは地元の就職を目指して就活していたのに、春になって急遽都内に変更したのだ。これまでの準備がほぼ、水の泡になっていた。それもこれも「私と一緒にいたいから」っていう、理由のために。
喧嘩したまま、付き合って2年の記念日がやってきた。きょうもあの日と同じ、ジリジリと暑い。花火大会のために買った浴衣に袖を通し、アパートの外に出る。
「浴衣、かわいいじゃん」
よかった、いつものゆうきだ。ニコニコ笑って私の頭を撫でてくれる。手をつないで、あの日の公園に向かう。
「ゆうき、この間はごめんね、私…」
「大丈夫だよ。俺のほうこそごめん、りんの気持ちわかってやれなくてさ」
彼の顔は確かに笑っていた。大丈夫だよ、って何度も私にいってくれる。いつもの笑顔で私を包み込んでくれる。でも心にチクチクと痛みが走る。ねえ、その言葉、本当に思ってる?無理していってないかな。私、あなたの邪魔になってる…?