息子の和也が4歳のときの購入した、中古のリノベーションマンション。ライダーアニメにハマる子どもを見つめる日曜日の朝は、楽しい平和な時間のはずだった。
突如鳴り響くインターホンの音が、渡瀬家を崩壊させていく…。ご近所トラブルに悩む渡瀬家の結末は?
第1話
- 登場人物
- 渡瀬真紀:この物語の主人公
- 渡瀬剛志:真紀の夫
- 渡瀬和也:真紀と剛志の息子。5歳
- 花園明:渡瀬家の隣の住民。和也を自分の孫のようにかわいがってくれる
- 小島:渡瀬家のしたの住民
最初のインターホン

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1年前に購入して自分たち好みにリノベーションしたはずの中古分譲マンションは、気づけばかつて住んでいた実家と変わらない香りがするようになっていた。
お気に入りのアンティーク家具を含め、すべての家具に取り付けられたドアストッパー。
角には余すことなくけが防止のクッションがつき、もれなく仮面ライダーのシールが付属してくる。
アイランドキッチンにしたことは、特に激しく後悔した。どのようにベビーゲートをつければいいのだと、真紀は夫の剛志と散々悩み、結局ベビーサークルを購入することで落ち着いた。
あれだけお気に入りだったインテリアが結局実家風に様変わりしても、真紀と剛志はちっとも悲しくなかった。
むしろ子どもが生まれ、これが幸せの形なのだと、実感できることに喜びを抱いていた。
「ライダーマン参上!」
息子の和也は5歳になった。ぽかん、と特撮アニメを見ていただけの和也は、いまではサンタさんにライダーの変身グッズを頼み、日曜日の朝は立派にライダーになりきるようになった。5歳のスーパーヒーローになった。
「ふはは、私は怪人…」
和也のライダーごっこにつき合うためなら、いくらでも怪人になれる。
真紀はスウェットの首をフェイスラインにまであげて、輪郭をすっぽり覆いつくした。
首も肩もなくなった歪な怪物の姿を見て、剛志は洗濯ものをたたみながらげらげらと笑っているが、和也はいたって真剣である。
「おのれ怪人!この町は、ぼくがまもるっ!」
だいぶはっきり言えるようになったセリフをいっちょ前に呟いて、和也は先日おばあちゃんが買ってくれたライダーの剣を振り下ろした。
ここで簡単に倒れてしまっては戦い買いがないので、二度、三度と真紀は立ち上がる。
三度目の正直でようやく真紀が倒れようとしたその瞬間、家のインターホンが鳴った。
宅配便だろうかと、のろのろ立ち上がった剛志だったが、モニターを見て少し首を傾げ、「はい」とインターホンに応答する。
「したの階の者ですがぁ」
「あ、はい。いま出ます」
年配の男性のいらだった声を聞き、さっきまで楽しかったライダーごっこは急に終わりを迎える。正確には、真紀が終わらせた。
「ママ、怪人やって!」
「しー、ちょっと待ってね」
母親の言葉に、和也は素直に従った。
こっくりと小さくうなずいて、ソファーに腰掛けると、腰に巻いたライダーベルトを小さな指で撫でる。ボタンを押したら音が出るので、静かに指で撫でる。
「お客さんが来てるから、静かにね」という、いつだったか真紀が話した言葉を、和也はいつも守ってくれていた。
誰が来たんだろうかと玄関を気にしながら、真紀は和也の横に座る。
1分も経たないうちに、男性の大きな声が玄関から、部屋中に響き渡った。
「わかればいいんだよ!わかれば」
その直後バタン、とドアが乱暴にしめられ、静寂と共に剛志が帰ってきた。
「どうしたの?」
「したの人。足音がうるさいって」
「あちゃー…少しはしゃぎすぎちゃったか」
「クッションマット買わないと、もうだめだね」
真紀と剛志の会話を聞いた和也は、申し訳なさそうに聞いてくる。
「ライダーごっこ、もうだめ?」
「バタバタしないように、気をつけながらやろっか」
「うん!」
不安そうな顔からパッと明るい笑顔に変わった和也は、ソファーに腰掛けながらライダーごっこを続けた。